Thursday, 29 March 2012
presumably, surely, lovely
ロンドンはここのところ好天続きで、おまけに日も長くなってきて大層気持ちが良い。なんでも観測史上まれに見る降水量の少なさで、既に公式に drought が宣言されているらしい。つまりは水不足ということで、先日ラジオではこれから植物に対する水撒きが禁止されたり、水道料金が値上がりするであろうという観測がなされたり、このままでは生態系に影響が出てくる可能性があるなど、それなりに深刻な事態として報道されていた。いわゆるイギリスの雨続きの天気というイメージに対して、ここ数週間は極端に雨が少ない。こちらに来て早くも半年が過ぎようとしているが、雨が降ったとしてもすぐに止んだり、小雨だったりして傘をさした回数は片手で数えられる程度である。
今の勤務地は家から車で一時間弱のところにあるのでだいたいはラジオを聴きながらの通勤である。本当は新聞を読みたいところだけれど運転中はそうもいかないのでその代わりにいつもBBC4を聴いている。BBC4はBBCのラジオ局の中でも政治や経済情勢についての報道が多い、ややお堅い局である。こういった全国に流れる局で使われる英語はいわゆる Queen’s English といわれる「標準語」で、BBC Englishと言われることがあるくらいイギリス英語の王道である。日本にいたころはイギリス内の地方による発音の違いなど聞き分けられなかったけれど、こちらに来て注意して聞いていると日本の関西弁と標準語と同じくらいの違いがあることに気づいた。そして、BBC Englishに耳が慣れてしまうと自分のAmerican Englishが気に入らない。
そもそも英語を習得したのは5歳の時にイギリスの現地校に無謀にも放り込まれた経験からで、当時はきちんとした英語を話していたはずなのである。その後アメリカ生活が長かったせいですっかりそれは失せてしまい、Americanな発音になってしまった。アメリカ人によると自分のAmerican EnglishはMid-west accentに近いということらしい。聞こえからは田舎っぽいイメージが浮かぶけれど、Mid-west accentというのはくせのない、それこそアメリカのニュース番組で使われるような発音だそうだ。まぁ、それでも自分としてはせっかくイギリスに住んで、ここで仕事をしているので再びイギリス英語を身につけられればと実は思っている。
そういう訳で毎朝BBC4を聞きながら言い回しを聞き取ったり、発音を真似してみたりしていると、誰だって関西弁の真似ができるようにイギリス英語らしく話すことはできるようになってきた。問題は切り替えである。大阪で半年間仕事をしていたときもチームに溶け込めるかと思って何回か試してみたりしたのだが、毎回笑われておしまい…。こちらはまだ前にも書いたように多様な文化のるつぼなので変な目では見られないが、どうにも自分としても恥ずかしさが残ってしまう。それに仕事の中で使おうと思っても仕事のことで頭がいっぱいで、発音矯正を意識するほどの余裕もない。果たして自然とこれは変わっていくものなのか、三つ子の魂百までで意識的に変えていかないといけないものなのか。
いずれにせよ発音が自然とイギリス英語風になるには時間がかかりそうだが、言い回しは割とすぐに導入できる。こちらの人はなんでもかんでも語尾に ~ly をつける。ちょうど日本や中国における「的」と同じような感覚で。Supposedly, presumably, surelyという言葉は本当に頻繁に耳にするいかにもイギリス的な表現だと思う。何かの発言をする際に、文章の始めに登場する。なんでもかんでも婉曲的に表現しようとするこの国の人々にぴったりなのだろうと思う。ということでこういう言葉を使ってみたり、外出先での注文を英国風に言ってみたりして楽しんでいる。
Sunday, 4 March 2012
"come back"
なるべく週末はラップトップを開かず、ipad/iphoneでメールをチェックする程度にしているのだが、今日は随分遅くなってしまった。ここのところ「本社」とのレビューが多く、とにかくその準備に時間がかかる、かかる。レビューやその準備に費やすエネルギーが少しでも実際の業績に貢献するのであれば労を惜しまないのだが、なかなかそういうことでも無いので困る。
ところでこのブログはipadからは入力ができず(というか、入力の仕方を知らず)なので更新ができない。他に良いツールでも無いものだろうか。去年の転勤に伴い、数ヶ月間、家族と離れて暮らすことが決まった時に買った2台のipadだが、今や生活必需品と化している。「ipad3が出るという噂が流れて悔しくないか(ipad2を買ったばかりで)」と先日誰かに訊かれたが、まったくそういう気持ちは無い。待ってばかりいてはいつまで経っても時代の先端を追い掛けている状態のままになってしまう。今は「今」に乗ることがいつになく大切なのだと思う。
早いもので新しい仕事に正式に就いてから早くも半年。四半期の締めにして既に3回もこなしている。信じられない速さで過ぎていく。でも、振り返るとものすごく濃い半年でもあった。グローバルのポジションに就いて、当たり前かもしれないが話す人の幅が広がった。地理的にも、ファンクション的にも。そいういった人々とのやりとりを通して気づいたこととして、自分は人の発言に対する瞬間的な反応が遅い。お笑いのツッコミ役はとうてい勤まらない。
最初は英語の解釈に時間がかかっているのかと思っていたけれど、考えてみたら日本語でもそう。その代わり、色々な人の言っていることを良く聞いて、整理して道筋を立てるのは得意な方ではないかと思う。さて、それで困るのが日常会話に登場するジョークに対する切り替えしである。英語でも何か冗談を言ったら、その聞き手はそれに対してツッコミ、“come back”を返して初めて冗談が成立することが多い。それが英語のユーモアの構造。大して面白くなくても良いのだが、自分の場合はつい真剣に考えてしまったりして出てこなかったり、笑ってごまかしたりして終わることが多い。
問題は、このcome-backの質とその人間の頭の切れの良さに相関関係があると思われていることで、というか、自分としてはそういうところに表れると思うので、他の人もそう思っているのではないかと類推される訳である。まぁ、これはスピードに限らずの話で、メールなどという媒介は即答性は求められないが同じように苦しむ。
こういうのが得意な人とそうでない人とでは何が違うのだろうか。日本のお笑いも同じことなのだろうか。得意な人は絶えずそういうことを考えているのだろうか。でも、想定しうるパターンを遥かに超える数の組み合わせがある訳で、やはりどちらかというと「面白いことを返してやろう」という心の準備と頭の切れとユーモアのセンスというところに落ち着くのだろうか。ユーモアのセンスとはまた底の見えないエリアに足を踏み入れそうになってしまった。こんな風に考えるから余計面白く無くなってしまうのは分かっていても考えてしまう。
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